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昨日と同じく奥羽永慶軍記巻六秋田山北境合戦の事〔秋田・戸沢の確執〕より


すごく適当なあらすじ:

羽州に燦然と輝く北斗七星――その名も安東愛季。
今日も今日とてセレブな戦国武将ライフを満喫するのであった。

ある日、安東領の南方の小野寺義道と戸沢盛安が対立していることを知った
愛季の臣・大江広治は、戸沢領侵攻を献策する。
それを聞いた愛季は…………!!??


実季(※たぶん愛季のこと)此よし聞給ひて、

「いかに広氏(治)慥に聞給へ、
足る事を知るものは貧しけれども、楽み足る事を知らざる者は、富といへども愁多し。
広太の玉樓も安んずる所、膝をいるゝに過ず。
目にふれども喰う所口に叶ふに過ぎず。
何すれぞ外を求むる事をせん。
只みづから守るにしかず。」
迚(とて)、中々用ひ給ふ気色はなし。


ち、愛季…さま……!!??

すごくいいこと言ってるのは分かる!!でもガンガン他領に侵攻し、弟の家を潰したあなたが
どの口で…!と思ってしまう気持ちも止められない

しかし広治も黙って引き下がるような男ではなかったようです

太平是を聞て、

「仰尤にて候。
去ながら、天の与ふるをとらざれば、却って其の殃(わざわい)を受く。

既に呉越始て戦ひをなす時、天、呉に越を給ふ。
勾践を擒(とりこ)にして、呉王石淋の恩を感じ、報ぜんとして越王をゆるす。
其時、天又呉王を越王に給ふ。
終に越王の為に亡さる。
是みな時の至るを知らざる故なり。

君、此時に山北を亡し給はずんば、却って禍御身に及ぶべし。」

と、さまざま詞を尽して諫めしかば、城之介つくづくと聞給ひ、

「御身の云はるゝ処も其の理あり。
さあらば、山北を攻めん。」

迚(とて)、俄に軍兵を催さる。


さすが愛季さまとその家臣…知性と余裕あふれる会話が安東クオリティー!!
少なくとも奥羽永慶軍記内での扱いという意味では、
飛び抜けて垢抜けている印象です

しかしこのセレブ大名の野望を打ち砕く人こそ、新世代のホープ・戸沢盛安なのでした
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安東家はなぜ文字だけでこんなにもイケメンオーラが漂っているのだろうかという話


奥羽永慶軍記巻六秋田山北境合戦の事〔秋田・戸沢の確執〕より

扨も実季は性本六義を嗜み、詩は李杜を追逐し、歌は藤氏の伝に基く。
身武林の中に生るといへども、思ひを風花雪月によせ、剰(あまつさえ)、画を善す。
世上今に至迄是を貴重す。
世にたぐひなき人なりけり。


軍記では秋田実季としていますが、その後の文章を読むとどうもこれは実季のパパ・
安東愛季のことを言っているように思います
「画を善す」も実季というより愛季のイメージがある
実季の描いた絵ってあったっけ??
ちなみにその後の文章とはこんな感じ


爰に又、永井八郎五郎大江広治とて、秋田城之介(=実季?)の幕下にして同国太平の
城に居す。
心、元来不敵にして、利欲に耽る曲者なり。
或日の徒然に、城之介の館に至り申しけるは、

「近年山北小野寺一家の者共不和にして、諸卒も皆小野寺に背き、日夜に戦止む時なし。
今、山北を御手に入させ給ふ時至て候。
其故は、角館の城主戸沢九郎盛安も小野寺と中違ふて、常は合戦に暇あらず候らへば、
先づ戸沢を御手に入候ふべし。
然らば戸沢南北に敵を置き、防に術尽きて、降参せんは決定なり。
其時彼等が勢を合て山北に取懸候はゞ、たやすく攻破り候ふべし。
早々思召立たせ候らへ。」

と、手に取るやうにぞ申しける。


夜叉九郎キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ !!!!! (テンションが一気に上がる管理人)

じゃなくて、まだ秋田VS戸沢=唐松野合戦が済んでないってことは
ここで言う城之介はどうしたって愛季しかいないと思う

本文でははっきり実季と書いてあるけど、当主の代の混同は他家でもよく見られるので
(関ヶ原後も戸沢盛安がピンピンしてたりとか)
前の文章の「性本六義を嗜み…」も愛季のことと考えていいんだろうか

この、大江広治の献策に対する城之介(愛季か?)の返答が面白かったので
また後日述べます


akitaandou.jpg
何の脈絡もなく安東愛季

書くことがないので管理人のくだらない日常の話
管理人がよく利用している図書館は、延滞するとペナルティとして延滞した日数分
貸出停止になるというなかなかシビアなところなのですが
今日その図書館で偶然友人と会い、

友人A「貸出停止になっちゃったからマチコの貸出カード貸してくれない?」
管理人「私のも今貸出停止なんだよねw」←役立たず人間
友人A「ははっこやつめw じゃあBに頼んでくる」

数分後……
管理人「Bのカード借りれた?」
友人A「なんかBも停止中だってww」
管理人「www」

というグダグダなこと山の如しな会話をしてました
仲間内でこの他にも2人貸出停止をくらっていました
私たちの団結力すごい!!(類は友を呼ぶだけです)


図書館で別冊歴史読本をちょろちょろ漁っていたんですが。
著者は秋田実季ファンなんだろうか… なんか微妙に出張っていたような

これによれば、松前慶広=「キタキツネ」 らしいです(!?)

幼少の実季を騙し、秋田領であったはずの北海道をまるっと横取りしてしまった
狡猾な人柄を狐に比しているようなのですが
あまりに文中でキタキツネキタキツネというので、狐耳モードの慶広を想像してうっかり萌(ry

それにしても、この北海道横取りっていうの、実際はどうだったんでしょうねー
松前氏側の新羅之記録や福山秘府では
「実季の許可あってのことだった」とか「実季も同行して秀吉に口添えした」とあるし、
秋田側の資料でも「松前の盗人野郎が!!!」みたいには書いてなかった気がする。
むむむ


あと、実季ちゃんのセレブなスキルを見てると、やはり愛季の子だなあと思います
愛季は自ら絵を描いたりするなど、芸術方面でも多才だったよう

どっかで読んだだけですが、和歌や音楽は武士にとってもある程度嗜みなのに対し
絵画は、下手をすれば文弱の徒ととられかねなかった…らしいです
だから、自分で描いた絵が残っている武将というのは、油絵やる現代人以上に
相当芸術に理解があった人と考えるべきなんじゃないかな、と思っています
毛利のお兄ちゃんとかね!


akita2.jpg
落書きばっかで申し訳ないです。 イラストは秋田実季

実季は家督相続で揉めまくって、他家の介入を許してしまい
どう見てもこれ積んでるよね…って状況になりながら自力で解決してしまっているので
実はすごく早熟な名将だったんじゃないかと思います。
なんというか逆境を跳ね返す少年漫画的(?)な展開に弱いんです、私

ただ実季は、天に見放されたと言ってもいいようなその後の人生の転落っぷりや
繊細そうな性格との、このお家騒動時の冴え渡る頭脳のギャップが激しすぎて
管理人には二重人格くらいに見えてしまう…(えっ)
ていうか愛季が憑依してるように見えるわりと本気で(!?)

実季「通季どころか戸沢も小野寺も南部も攻めて来るなんてこれなんて無理ゲー?
    もうダメ絶対無理どうにもならない…
    父上、何故実季を残して死んでしまったのですか…!?(ρ_;)
    
    …………

    …………」


愛季(憑依)「………何勘違いしているんだ?

        まだ日ノ本将軍のバトルフェイズは終了してないぜ!!」


くらいのノリで
羽州の戦国が熱すぎてどうにかなってしまいそうです



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